2020年 3月 の投稿一覧

メルカリがもたらした支払革命

はじめに

こんにちは、Ryuです。
いつもブログをご覧頂き、ありがとうございます。

今日は、「メルカリがもたらした支払革命」というテーマで記事を書いていこうと思います。

新しい経済圏の創出

これまで、何かを買うときはお店や通販で買うのがほとんどでした。
フリマサイトではなかったですが、従来から「ヤフオク」というオークションサイトを筆頭に、お店ではなく一般ユーザー同士のショッピングは成立していました。
ここに殴り込みを入れたのが「メルカリ」です。

メルカリがサービスとして提供している「フリマサイト」としての機能は、特に日本人の多くが持っている「もったいない」という概念をうまくビジネスに応用したケースになったといえます。

「どうせ捨てるくらいなら…」に目をつけた

メルカリが台頭したことで、市場全体で見たときの生産高は落ちていると思います。
なぜなら、メルカリの台頭で中古品の流通が活発化したことにより、お店のものが売れにくくなったためです。
日用品や短期消耗品に対する影響は限定的かもしれませんが、例えば服や家電やガジェット 、本、ゲームなどの短期的に価値が落ちにくいものが、メルカリでは特に流通が多い気がしています。

これらの品物は、一般的にお店で買うよりもメルカリの方が安く手に入る可能性も多くあり、また、売り手側にとっても、お店に買い取ってもらうより高い値段で売れる場合があるため、売り手と買い手がwin-winの状態となります。
更に、メルカリ自体にも販売手数料が入り、結果的には「三方良し」のビジネスモデルを形成することで、ここまでの繁栄を極めたのだと思います。

手段から目的へ

メルカリのすごいところは、「不要な品物を捨てたりするくらいなら売ろう」という手段のプラットフォームとしての機能を兼ね備えつつ、「メルカリを使ってビジネスをしよう」という目的を持つ人に対しての受け皿にもなっているところです。

せどりや転売という言葉が流行った背景にも、メルカリを筆頭とするフリマサイトの台頭なしには語れません。

せどりや転売の是非は別の記事に譲るとして、こうしたビジネスがネット上で気軽に行えるようになったことで、個人としてのビジネスの幅は広がり、敷居は確実に下がったと言えます。

メルペイが起こしているもう1つの革命

メルカリで得た売上は、同じメルカリが運営する決済サービスのメルペイの残高として使うことができ、同一アプリ内でメルペイの管理もできるようになっています。

メルペイが出てきたことによって、例えば、いらないものを売って得た売上を使って食事をする、といったようなことも可能になりました。

メルペイが他の「○○ペイ」と決定的に違うところ

お気づきの方も沢山いらっしゃると思いますが、「○○ペイ」「○○Pay」などの名前で各社が出しているサービスのほとんどは「QRコード決済」ですよね。
それに対してメルペイは、NTTドコモが運営する「iD」という電子マネー決済サービスを利用したものとなっており、支払いの際にわざわざアプリを起動する必要がありません。

これは極めて重要な点です。
一手間少なくなることの利便性を生かした方策であると同時に、群雄割拠する電子決済戦争において唯一、QR決済ではなく電子マネー決済を導入している点で、差別化を図ることができています。

おわりに

メルカリに追随する形で、現在は楽天が運営する「ラクマ」や、PayPayが運営する「PayPayフリマ」など、いろんなフリマサービスが出てきており、こちらでもまた、凌ぎを削る競争が勃発しています。

現金主義と言われ続けている日本においても、キャッシュレス化自体はかなり進んできていると思われます。
その覇権をどこが取るか、という一種の経済戦争の火蓋は、既に切られています。

まだ見ぬ表現の世界を求めて

はじめに

こんにちは、Ryuです。
いつもブログをご覧頂き、ありがとうございます。

今日は、「まだ見ぬ表現の世界を求めて」というタイトルで記事を書いていこうと思います。

コロナに翻弄されるイベント業界

世界中でコロナウイルスが猛威を奮っている只中ですが、経済的な影響を受けるのは、生活に直接必要なさそうなものからです。

今回の場合だと、イベント業界や実店舗を構えるほぼ全ての産業が経済的な打撃を受けており、アフターコロナの世界(コロナの猛威が過ぎ去った後の世界)では、なんとなく経済の形が変化していそうな気配さえ感じます。

リモートでも働けることを証明されてしまった企業も数知れず

仕事というとまだまだ通勤をしたり得意先周りをしたりと、足で稼ぐのが主流だった日本ですが、奇しくも今回のコロナにより、リモートワークが増加し、そしてそのことがこれからの働き方にも影響を与えそうな気がしています。

これは多くの人にとって不幸中の幸いともいえるべきことであり、特に首都圏では満員電車の改善などの現象も見られています。

我々は今、何をすべきなのか

世界中であらゆることを自粛する動きがある中、この地球に暮らす我々は何をすべきなのか、問われていると思います。

東日本大震災の時もそうでしたが、有事の時に人間の本性が現れます。
政府の対応に怒る者もいれば、日用品の買い占めに走る者、状況お構いなしに騒ぐ者など様々です。

そうした人々のほとんどは、普段の生活で「何をすべきなのか」を考えていない人です。
有事とはいえ、急に自由が訪れてしまったものだから、やることが見つからずに、社会的に何も生み出さないものだとしても、それをやらずにはいられないのでしょう。

私たちは(特に日本人は)、普段の生活に一杯一杯になってしまっている人が多く、日常を会社や他人に委ねていることが多いでしょう。
そのこと自体を責めるつもりはありませんが、今回のような有事の際に、そういった人々の行動は、止まってしまいます。

急に何をすれば良いかを自分で決めなければならない境遇が訪れても、準備も何もしていないから、何かを頼らざるを得ません。
その矛先が国に向いてしまう人は、国に対して怒るわけですね。
「どうしてもっと保障しないんだ」と。

こういった機会を前向きとらえ、一度、「自分は今何をすべきなのか」を自身に問うてみると良いと思います。

筆者の場合

ここで私自身について、今何をすべきだと考えていて、どんな行動を起こそうとしているかを書いていこうと思います。

タスクの解消

元々プログラミングスクールへの通いが終わったら、まずは溜まってしまっていたタスクの解消をしようと思っていました。
自分だけではなく他の人も絡んでいるものもあるので、なる早で終わらせていこうと思っています。

創作

プログラミング

今までプログラミングスクールで培った知識や経験を生かして、何かアプリケーションを作ってみたいと思っています。
構想さえない状態ですが、10週間前の自分に比べてできることや理解している概念は格段に増えているはずなので、それらを復習する意味でも、諸々できることがないか考え中です。

アカペラアレンジ

また、久々にアカペラアレンジをやってみようと思います。
依頼を頂いている案件があるため、じっくり作ることで、改めてアカペラ・音楽と向き合う時間を作ります。

他にもいろいろやりたい構想はあるのですが、1つずつ形にしていきながら、今後のことも考えたいと思います。

おわりに

今の時期は、普段できないことをやるチャンスでもあると思います。
暇な時間ができた人は、家でできる普段できないことにチャレンジしてみるのも良いでしょうし、その方が将来の自分にとっても良いと思います。

今しかできないことにフォーカスして、それぞれレベルアップしていけると良いですね。

自分を愛することの難しさ

はじめに

こんにちは、Ryuです。
いつもブログをご覧頂き、ありがとうございます。

今日は、「自分を愛することの難しさ」というテーマで記事を書いていこうと思います。
ぜひ、最後までお読み頂ければ幸いです。

自分を愛せなければ、他人も愛せない

筆者がこの問題に直面した(この問題があることを認識した)のは、ほんの最近のことです。
それまでは、「愛する」という概念に対して、恐怖に近いような気持ちがずっとあり、愛されたり、愛したりすることに何らかのトラウマがあるレベルで遠ざけていました。

そのこと自体に気づいたのも、つい最近だということになります。

自分のことは、案外よくわからないもの

それまでの筆者は、「自分自身のことは自分自身が1番よく知っている」と思っていたので、自分の気持ちの変化などに対してかなり鈍感だったように思います。

特に、何かに怒っているような時やイライラしている時などは、完全に自分のことしか見えなくなってしまい、性格上、塞ぎ込んで黙ってしまうこともありました。

こういう自分の性格から出る行動って、自分自身は気付きにくいものだと思いました。
誰かから注意されたとしても、自分でそのことを自覚していない場合も多いので、「余計なお世話だ」と思ってしまいますよね。
自分自身もそんな感じでした。

瞑想に取り組んで、自分を見つめ直せるようになった

そんな自分が「瞑想」を始めたのは2019年の頭くらいだったように思います。
ちょうどメンタリストDaiGoのYouTubeニコニコ動画を見始めた頃で、心理学にも興味を持ち始めた頃のことです。

最初は自分自身の今後の人生に役立てたくて見ていたのですが、やがて心理学そのものに興味を持ち始め、その中で瞑想の効果を何度も紹介されており、瞑想に関していろいろな情報を集めるようになりました。
そして、自分自身でも少しずつ瞑想をするようになり、やがて習慣になっていきました。

気づいたきっかけは、メタ認知

瞑想によって自分自身の感覚に集中して過ごす時間が確保され、自分がどういうことをよく考える人間なのかをメタ認知することができるようになってきました。

メタ認知(英:Metacognition)とは、「メタ(高次の)」という言葉が指すように、自己の認知のあり方に対して、それをさらに認知することである。メタ認知という概念の定義やその活動は分野によって様々であるが、心理療法認知カウンセリングをはじめ、ものごとや経験に対して正しい理解を行えているかなど、自分の認知行動を正しく知る上で必要な思考のありかたを指すことが一般的である。

メタ認知 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E8%AA%8D%E7%9F%A5

これを派生させていって、自分がどういったことに喜怒哀楽の反応を示すのかを自分自身で少しずつ感覚としてわかるようになり、自分自身をある程度コントロールすることができるようになってきました。
1日あたり5〜10分の瞑想を1年やってようやくコツが掴めてきた程度ですが、もう少し早く効果を感じることができるようになる方もきっと多くいらっしゃると思います。

自分自身にぽっかりと空いている穴

瞑想をすると様々な雑念が浮かんでくるのですが、何度も瞑想を繰り返す中で、絶対に浮かんでこない雑念があることに気付きました。
それが、「愛情」に関することです。

小さい頃から家族の愛情を受けて育ってきたと思うし、愛に関して何らかのトラウマを持っている自覚も無いのですが、「人を愛する」という行為について、恐怖や不安に近い感情が隣り合っていることを自覚しました。

もしかしたら同じような感覚を持っている方もいらっしゃるかもしれませんが、自分の中では、これは愛することに対する恐怖ではなく、「嫌われること」に対しての恐怖だと思いました。

嫌われるのを極端に避けて、「人を愛する」という、一歩踏み込んだ感情を自分自身でブロックしてしまっているな、というのが、今のところのメタ認知による結論です。

おそらく、結婚をされている方や、恋人がいる方の中にも、過去に同じような経験をしつつ、それを乗り越えた方もいるのではないかと思いますし、そもそもこうしたマインドブロックを経験せずに、愛情に関して何らハードルを持っていない人もいると思います。

誰かにとっての”問題”

全てにおいて完璧な人間などいないですし、どんな人にでも、環境や境遇に応じた問題は存在するものだと思っています。
そうした問題が別の誰かにとってはちっぽけなものだったり、苦労なく乗り越えられるものだったりすると、「自分はなんてダメな人間なんだ」と感じてしまうこともあるかもしれませんよね。

そうしたときには、これは能力差ではなく、性質や性格の違いによるものであることを認識することで、いくらか楽になることはできると思います。

愛情についての問題は、社会的な同調圧力が働く分、解決が難解

筆者自身が問題として抱えている「愛情」についての問題は、例えば社会的には「結婚」という契約を結ぶことによって解決されるものだったりします。

愛情自体は、本来的には「恋愛」や「結婚」とは切り離されるべきだと考えているのが筆者の見解ですが、社会的にはこれを理解するのは極めて困難です。
なぜなら、形式的に「恋愛」や「結婚」という概念によって、愛情の形が制約的になっているからです。

結婚当時はお互いに愛情を持っていたとしても、何年かして冷め切った夫婦関係になってしまい、子どもが出来たりしていると中々離婚にも踏み切れない、といったような例もあると思いますが、人生を考えていく上で恋愛や結婚が社会的に需要なウェイトを占めている以上、誰もが中々避けて通れない道だなあ、と思います。

ここでこんなことを書いても言い訳にしか見えないかもしれませんが、正直そういう世界観に疲れてしまっている自分がいます。

しかし、こうした「誰かが抱えている問題」は、前述したように、他人から見ればちっぽけな問題であったり、そもそも問題として認識していなかったりする人もいる、ということです。

なぜ自分を愛せないのか?

自分を愛せない人は、無理に愛する必要は無いと思います。
過去の自分がそうであったように、まずは自分自身とは違う人格を自分の中に作り出さなければ、自分自身をメタ認知して、その上で自分を愛する、というのは難しいように思います。

今の筆者は、「自分をメタ認知した上で、愛せない」という状況です。
この状況自体は、「課題が明確である」という点で、最初の状態よりは前に進んでいると言えます。
なぜ自分を愛せないのかを考えたときに、いくつか理由が浮かびました。

  • 自分に甘い
  • 悪い癖が治らない
  • 決めたことを守れない(先延ばししてしまう)
  • 意志が弱い

この他にもまだありますが、気が滅入りそうなのでこの辺にしておきます。笑

好きなところを認識出来ていない

悪いところは挙げればキリがありませんが、自分の良いところというのは、自分自身では見つけにくいことに気付きました。

先日、プログラミングスクールの課題で自己PRを書いたのですが、文章を書くのが好きな自分の手が止まってしまい、悩んでしまいました。
最終的にそこではありきたりなものしか書けなかったのですが、自分を愛せないのは、自分の長所を理解していないからだと思いました。
長所を自覚していないから、嫌われるのを極端に嫌い、平均的な人間を目指そうとしてしまっているな、ということに気付きました。

自分で長所を発見することの重要性

多分、誰かに聞けば自分の長所は聞くことが出来るのかもしれません(本当に何も出てこなかったら、それはそれで問題ですね)。
でも、この長所は自分自身で見つけなければならないことのように思います。

筆者自身は、まだまだ自分自身をメタ認知した気になっているだけなのかもしれません。
自分自身を他人の目線で見ることが出来ているかどうかと言われれば、まだまだその域には達していないように感じます。

これを鍛えるには、瞑想を続けていくしかないと思います。
自分自身と向き合う時間を設け続け、日々、新しい自分を発見していく作業をしていくことで、自分はおろか、他人も気づいていない自分の魅力を発見できるかもしれません。

おわりに

私は、「自分を愛し、他人を愛して幸せに生きること」が人生のゴールではありません。
おそらくこのことも自分を愛せない原因の1つになっているのかもしれませんが、いずれにせよ、自分のことをもっと深く知ることで、よりより自分の活かし方も自ずと掴めてくると思うので、これからも瞑想を通じて自分に常に問いかけ続けてみようと思います。

今日はこの記事自体が自分自答のような感じになってしまって、果たして読んでいる人がどんなことを感じるのか皆目見当もつかない状態ではありますが、瞑想については、科学的にもかなりプラスの効果が期待されている行動なので、ぜひ実践して頂ければと思います。