【20200514】77.5kg

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毎日、新しいことができるようになったりすると同時に、今までできていたことができなくなってしまったりすることがある。

そういうものに対して、「あれ、できなくなったな?」と思うことなんてほとんど無く、できなくなったことにさえ気付かずに、日々が過ぎていくようなことも、沢山あるだろう。

それでも良いじゃないか。きっと人間は、そういう生き物なのだから。それを認識して初めて、悪の完璧主義から脱却できるのかもしれない。

朝にやったこと

  • 瞑想 5分
  • 運動 1時間
  • 法人設立書類作成 30分

朝の振り返り

急に腕立て伏せなんて始めたもんだから、腕の付け根に張りを感じる。それと、少々の、心地良い程度の筋肉痛。こんなの、心で感じる痛みに比べれば全然マシだ。痛みを痛みと感じられる単純さが、そこにはある。

昼にやったこと

  • メール返信など雑務 1時間
  • 瞑想 16分
  • プログラミング学習&ブログ執筆 1時間
  • 読書 15分
  • 社労士学習 30分

昼の振り返り

いつも通りメール返信などの業務を行い、瞑想。今日はなんだか、総じて作業に全然集中できなかった。自分では認めたくないが、焦りがあるのだろう。それは今の自分にとって絶対に必要な焦りだが、焦りすぎてはいけない。

自分の成長スピードの遅さは、自分が一番よく知っている。だからこそ、諦めは悪いし、それが今の自分自身を形作っている。

毎日同じことをやろうと思って、それができるだけでも、十分成長はしている。

夜にやったこと

  • テックキャンプ 週次ミーティング 1時間
  • テックキャンプ もくもく会(ブログ執筆) 1時間
  • suisai 週次ミーティング 1時間
  • nana 15分
  • メール返信など雑務 30分

夜の振り返り

毎週木曜日は、テックキャンプの週次ミーティング。Zoomでのミーティングも、徐々に慣れてきたが、やはり自分にはミーティングというやり方自体が合わないと思った。話しているよりも、書いているときの方が、圧倒的に精神状態は良い。

だから今日もまた、こうしてつらつらと日記めいたものを書いている。これは決して、ただの毎日の記録を綴っただけのものではない。その日その時の自分が感じた感情や思考まで全て吐き出し、綴ることで、今日の自分をニュートラルに戻し、またゼロから明日を迎えるための儀式のようなものに、最近はなりつつある。

音楽が好きになった原点

正直なところ、自分が音楽を好きになった瞬間は覚えていないが、理由はぼんやりと覚えている。

自分は小さい頃から、コンプレックスの塊だった。太っていて、性格も内気、背も高くない。

そんな自分を忘れさせてくれるのが、音楽だった。だから、小さい頃は音楽に浸るのが当たり前だった。そこに、「自分もこんな表現をしてみたい」のような思考は無かった。単に自分のコンプレックスを、一時的にでも忘れさせてくれるだけの存在だったのかもしれない。

それが、中学高校と経るうちに、自分を表現するための数少ない手段に変わっていった。きっかけは、中学の音楽の授業でやったギター。

「自分で伴奏を弾いて歌う」という動作は、当時の自分にとってとても画期的だった。自分にもこんなことができるんだと、思った。この時点において、自分が音楽好きであることを改めて強く認識した。

アカペラ、そして大切な人との出会い

大学でアカペラを始めたことは、この気持ちに拍車をかけてくれた。それまで触れてこなかった楽譜アレンジや、仲間との主体的な練習の時間を通して、小さい時から失っていた自分自身というものを、ゆっくりと取り戻していったのかもしれない。

アカペラを通じて、多くの人との素晴らしい出会いもあった。中でも大きいのは、もはや言わずもがな、今のKing of Tiny RoomのWeb・コンテンツ関連の全ての活動を支えてくれている「吉田圭佑」の存在。最大限の敬意を込めて、ここではあだ名ではなく本名で呼ばせてもらうことをお許し願いたい。

彼がいなければ、今のKTRはないし、今の自分もない。WordPressでのブログ作成に踏み切れたのも、KTRのウェブサイトをWordPressで作っていて、なんとなく使い方を覚えることができたからだし、自社楽譜販売サイト「King Score」や、オンラインアカペラサークル「ACAPPELLER.JP」なんて一から作る発想や技術は、自分にはない。

彼を見ていると、自分のあまりの「何もできなさ」に失望しっぱなしになる。だから、彼は自分とは別の人間だと思うことにしている。自分にだって、得意な領域はきっとあるはずだし、無ければ、これから作っていけばいい。

これからの音楽との向き合い方

自分にとっての音楽のゴールはどこなのかを、何度も考えてみたことがある。先述したように、スタートは「コンプレックスからの脱却」だった。だから、コンプレックスがなくなった時が、音楽からの卒業になるだろう。

だから、どれだけ音楽を極め、名を挙げたところで、その先にゴールはない。自分自身が変わらなければいけない。それを目指さなければ、コンプレックスを緩和してくれている音楽に失礼だろう。

音楽を止めるとき、自分は、コンプレックスを克服している。その時が、音楽とのお別れをする時だ。その時が来るまで、これからも適度に音楽に頼りながら、自分を律していけるように努力したいと思う。

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