雲海をどう見るか【2020/10/18】

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今朝、母親から1枚の写真が送られてきました。

メッセージには下記のように書かれていました。

道の駅から下を見たら
恐ろしすぎる雲海
綺麗だという人もいるけど、怖すぎて
まるで人のココロの闇に、世間の常識に、見えた

常識は、闇か

母は、雲海を「人のココロの闇、世間の常識」と表現しました。

つまり、母にとって世間の常識は、人のココロの闇のように映っている、ということになります。

母の鷹の目のような視点は、今に始まったことではなく、過去にも何度か同じようなメッセージがいきなり送られてきたことがあります。

どこから見るかで、全てが変わって見える

「雲海」は、雲を上から見たときに使われる言葉です。

雲を下から見るのは日常なので、それは雲でしかないわけですね。

上に登って初めてわかること、見える景色が存在するように、やってみて初めてわかることって、この世に沢山存在しているのだと思います。

だから、ある時点で見たり感じたりした印象をもって、それを事象の全てとはしない方が良いでしょう。

色即是空

母親への返信に、自分は「色即是空」という言葉を用いました。
ちょっと変わり者親子かもしれません。笑

色即是空は、「この世の全てに実体はない」などと解釈される仏教用語です。

つまり、雲海自体には何の意味もなく、雲海によって生み出された感情も、本来は「空」であり、そんなに考え込む必要はないよ、と言いたかったのですが、果たしてちゃんと伝わったか…笑

母は、多くのことを悲観的に捉えがちな癖が昔からあり、楽天的な父とは正反対の人間です。
だからこそ、結婚して支え合っているのかもしれませんね。

幸せも、悲しみも、全て移ろいゆくもの。
そう考えると、少し気持ちも楽になるかもしれません。

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