評価の話

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今回の話は少々重い内容になるかもしれません。
気分を害されたくない方はお戻りください。
今回の話がなぜ重いかというと、暗い話だからです。
今まであまり向き合ってこなかった、自分の中の「影」の部分との対話をしてみようと思いました。
きっと誰にだってある「負」や「影」や「裏」の顔。
一般的な評価の裏で囁かれる悪口や陰口は、一度気にしてしまうと、しがらみのように自分の心を締め付け続けます。
普段は気の小さい自分も、例にもれず評価を気にします。特に気にする方かもしれません。
この「気にしい」な性格が嫌いです。
「気にしい」な要素は、人の決断を踏み止め、後悔を生み出します。
これまでに幾度となくこれによる後悔をしてきました。
顔には出さずとも、何度も心で泣き、心身不安定な状態を過ごしていました。
本や名言では、決まって「他人の評価は気にするな」「自分のやりたいようにやれ」といった言葉があります。
この言葉それ自体は非常にわかりやすく、正論です。
しかしながら自分にそれを遂行、実行するための勇気を培う必要があります。
できない奴は負け犬だ。いつまでも言ってろ、と揶揄するのは簡単です。
飛躍は基本的にはあり得ません。
表面からみた「飛躍」の背景には、何かしらが積み上がっていることが多いです。
よく、新年の抱負で、「今年は飛躍の年にしたい」といいますが、これについて真剣に考えたことはありますか。
「飛躍」の仕方について真剣に考えたことはありますか。
言葉にするには簡単だし、誰にでもできる。
誰にでもできるけど、それを口にすること自体が、大切な一歩だったりします。
一番難しいことは、「歩き続けること」なんですよね。
道の途中では、辛く厳しいこともあり、歩みを止めてしまいたくなることがたくさんあります。
そんな時に背中を押してくれる人が、本当の友達なんですね、きっと。
なぜ人は人によって傷つき、人によって励まされ、前に進もうとするのか。
少々哲学的ですが、一考の余地はあるのではないでしょうか。
今後、こういった内容のブログ記事が増えるかもしれません。
理由はただ1つ。今、そういう記事を書くべきだと思うからです。
現在の自分自身の精神状態は、あまり正常とは言えないかもしれませんが、そんな今だからこそ、残しておける記録があるんだと思います。
自分を知る方の中には、これを読んで唖然としている方もいらっしゃるかもしれません。
また始まった、と思う人もいるかもしれません。
でも、それでいいんです。
人の評価は千差万別。
それを気にし始めた時点で、試合終了です。

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