「残業」は誰の責任?

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日本では残業が既に日常化していますが、そもそも残業は時間外労働なので、労務費を考えるととても非効率な時間です。
それに所定時間を超えて働くことは、ゴールの見えないマラソンのような状態になりがちなので、それを慮っても非効率だと思います。
自発的な残業(=結果として残業になってしまった)の場合は良悪つけ難いですが、そもそもの仕事量が多すぎたり、残業をしなければならない風土(雰囲気)だったりするような受動的な残業は100%無駄だと思います。
そしてその責任は上長にあります。
アルバイトが残業しなきゃいけないなら、上長である社員の責任。
社員が残業しなきゃいけないなら、上長である係長(主任)の責任。
というように、責任は芋づる式に上がっていきます。
最終的には経営者(社長や取締役)の責任です。
中には残業を喜んでいる従業員・社員もいます。
給料の手取り額が純粋に増えるためですが、そのお金は自分の時間を犠牲にしていることをどうしても忘れてしまいがちです。
去年の自分は残業だらけの生活でした。
あまりにも多い仕事量のために、残業をしすぎて身体的にも精神的にも疲労が溜まってしまい、身体に症状として現れてしまった時期がありました。
その時はその時なりに部下に仕事を割り振って、なるべく自分の残業が減るようにしていたのですが、仕事が無限にあったので、なかなか定時で上がることはできませんでした。
話は飛躍しますが、そもそも「残業」はなぜ恒常化してしまうのでしょうか。
最も怖いのは人間の「慣れ」だと思います。
例えば1日平均2時間残業をしている人は、2時間の残業が日常になっているケースが多いと思います。
定時が9-17だったとしたら、その人にとっての定時は9-19です。
1ヶ月続けば、約40時間の時間外労働が生み出されます。
これが恒常的に続けば、年間480時間分の残業代を人件費に加算しなくてはなりません。
これは経営者目線でいうと大きな痛手なはずなのですが、何を考えているのか、全く残業は減りません。
その原因になっているのが、昨今でも取り沙汰されている「サービス残業(サビ残)」、いわゆる“見えない残業”です。
今、「さびざん」と打って一発で「サビ残」が変換候補に出てきて、ゾッとしました。
サービス残業が世界的に存在するかどうかはわかりませんが、日本人特有のものだと思っています。
最も怖いのは、サービス残業をしている人たちに「無給で働いている」という自覚がなさすぎることだと思います。
マクロ視点で経済を考えれば、実際に働いている(生産活動をしている)にもかかわらず、GDP(国内総生産)には算出されない労働であり、これが蔓延化すればGDPはもはや意味のある指標ではなくなると思います。
サービス残業の強要は、本来上長の責任である残業を部下の責任として押し付ける、極めて卑劣な行為です。
しかしながら働く方も目の前の仕事に一生懸命になりすぎて、時間管理が疎かになることがしばしばあります。
時間管理が自分でしっかりできることに越したことはないですが、とても多い仕事量の前だと、時間管理をするための時間をも仕事に回してしまう場合が往々にしてあると思います。
個人的な考えですが、それで働いた気になっているような人に、本当の意味での出世の道はない気がします。
出世したとしても、「自分はこうやって頑張ってきた」と意味のない論理を押し付け、部下に同じことを強要するような上司になると思います。
同じような人がまた上司になれば、サビ残スパイラルの完成。
セーフティネットとして「労働基準監督署」があると思いますが、正直期待できないです。
ちゃんと機能してたら、サビ残なんて起きないと思います。
残業、もう一度自分なりに考えてみませんか。
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