【20171201】「普通」なんて存在しない

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「普通」という言葉を聞いて、もしかしたらあまり良いイメージを持たれる方は多くないかもしれません。
普通の人生や普通の暮らし、普通の生活というと、なんだかつまらないものを想像してしまうと思います。
でも、26年間生きてきてしみじみ思うのが、「普通なんて存在しない」ということです。
そりゃそうです、「普通」というのは、人間が作り出した印象の一つに過ぎません。
変なことをいうようですが、普通は普通じゃありません。
この世界は、無数の異常が集まってできているように思います。
起源を辿れば、生命の誕生自体、大いなる異常として捉える事ができます。
「人生の意味」みたいなところまで話を広げるつもりはありませんが、少なくとも、今自分が生きているという事自体が異常なのですから、そもそも普通なんて存在しないし、これからもそれはきっと同じです。
変に”普通”を意識してしまうと、何もできなくなってしまう恐れがあります。
“普通”という意識が、知らず知らずのうちに自分の行動を制限してしまうこともあるかもしれません。
人と変わったものが好きなら、それをさらけ出したほうが自分らしく生きられますが、変なふうに思われたくない、という意識が邪魔してなかなか言えない、というような経験はありませんか。
それくらいならばまだ良いですが、例えばLGBTや障害のある人でも、自分のやりたい事のために生きる事ができるような環境というのは非常に重要です。
「普通」と「当たり前」は、似ているようで全然違うのかもしれません。
自分の思い通りにいかないことを周りのせいにするのはとても簡単ですが、やりたいことをやりたいのなら、自分でそうなるように動くことも大事だと思います。
それから、自分がより活きる場所を探すことも、大事なことなんじゃないかと最近は思うようになりました。
やりたい事がない人は、とりあえず、自分が役に立ちそうな場所を見つけてみるのもありです。
今までやってきた事が少しでも活かせそうな場所というのは、新しい興味のタネが転がっている事が多いと思います。
そこから生まれるものもきっと多くあると思います。
普通じゃない自分の人生を、操り人形のように演じる必要は全くないです、むしろそれは、生まれてきた自分自身にとって失礼なことなのかもしれません。
自分がやりたいと思ったことをやる事が、自分らしい人生だと思います。
「自分らしく生きたい」なんて大それたことを思ってみても、往々にして明確な答えなんて出やしません。
やりたいことをやれば良い、そのために越えなければいけない壁を越えていくことで、また次の景色が見えてくるはずです。
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