【20171226】一貫性の自認は必要ない

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自分がまだ小さい頃、テレビで見るスポーツ選手はとても輝いて見えました。
野球選手も、サッカー選手も、もちろんその他のスポーツどれをとってもみんなとてもかっこよくて、憧れでした。
スポーツ選手やアスリートと呼ばれる存在になるには、その道で生きていく覚悟と、一貫した努力が必要です。
それは今でも変わらないと思いますが、昔とは違い、今では、プロレベルにおけるスポーツ選手が成長するレベルや効率まで統計化され、その人に合った練習方法などが開発されています。
昔は、「耐える社会」だったかもしれません。
でも、今は違います。
やりたいことは、自分次第でなんでもできる社会になりつつあります。
別に有名でもなんでもないこの自分が、毎日ブログに記事を投稿しているだけで、月間約5,000人が見てくれるようになりました。
内容には全く一貫性がありませんが、それが強みになる場合もあります。
同じものを貫き通すことも重要だと思います。
ただし、それに固執するあまり、本来何通りもある可能性を1つに絞るのはとても危険だと思います。
選択は常に訪れます。
自らの一貫性(ある意味では固定観念ともとれます)を守るために、その時その時に何も考えずに選択してしまったりすると、間違えた時に間違えたと気が付かなかったりします。
きっと、周りから一貫性があると思われている人こそ、そこには自認の一貫性なんて微塵もなく、自ら考えに考えを重ねて、変化を怖がらずトライ&エラーを繰り返しているのでしょうね。
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