人生の"当事者"になる

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多分、成功している人ほど失敗が多いんじゃないかと思います。
失敗しない人は、余程の天才か、成功していない人に二別されると思いますが、凡才・非才が成功するには「トライ&エラー」しかないと思います。
頭の中でいくら考えても、実際に物事が進んでいるわけじゃないので、考えながらまずはやってみて、その都度軌道修正をしていくのが成功の近道なのではないでしょうか。
失敗すること、軌道修正は、全く恥ずかしいことではないのですが、一般的に「失敗=恥」という認識が広く存在するのも確かです。
それは、インターネットがもたらした弊害ともいうことができるのかもしれません。
誰でも気軽に発信できる世の中になったからこそ、失敗を厭わず新たなことにチャレンジする人が顕在化した一方、誹謗中傷が簡単に届いてしまうという問題も増えました。
実際に誹謗中傷をしている人のほとんどは、面白半分であって、それはいじめの構造に似ています。
現実社会でストレスを抱えている人のストレス発散の捌け口としてインターネットによる誹謗中傷がなされている可能性もあります。
好きなことを好きなようにやっている、表現している人は、そうでない人からしたら、羨ましいこと限りありませんよね。
それを自分自身の中でモチベーションとして昇華することができずに、誹謗中傷に走ってしまう人もいるんじゃないかと思います。
でも、それをしている限りは、絶対に前に進むことなんてできません。
失敗をしていないからです。
人の失敗を笑っているだけでは、自分自身が何も進んでないことに気づくこともないでしょう。
それは単なる時間の消耗です。
「Time is money(時は金なり)」ということわざがありますが、彼らは誹謗中傷をすることで時間(=お金)を失っていることに気づいていません。
その時間で自分自身を高めている人に勝つことはできません。
また、傍観者は直接的な害を生み出すわけではありませんが、勿体無いと思います。
傍観者もまた同じように、失敗を怖がり、挑戦を拒みます。
安定志向で、仕事は飯を食うための手段だ、という考え方の人が傍観者にあたり、日本人の大部分がこれに当たるのではないかと思います。
責任を嫌い、損を嫌い、ローリスクな人生を歩みたい、という考え方です。
この考え方自体を否定するつもりはありませんが、やっぱり勿体無いと思ってしまいます。
チャンスにはリスクがつきものです。
人生にうまい話はありません。
良いことも悪いことも表裏一体です。
ニュースやドラマ、政治経済の批評家は腐る程ネット上に蔓延していますが、それらを動かしている当事者は、批評がされることにはもう一歩先の世界を見ていると思います。
そこを見るには、自分自身が人生の当事者になることが必要不可欠なんじゃないかと思います。
新しいサービスを作ったり、新しい本を書いたり、新しい事業を興したりすることは、並大抵のエネルギーではできません。
その上、完成したものが社会から受け入れられず、作り損になってしまうリスクだってあるでしょう。
それでも挑戦するのが「人生の”当事者”」になることだと思います。
動けばそれが経験になるので、無駄なことなんて何もないと思います。
短期的には無駄なことの様に見えるかもしれないけれど、その経験は必ずどこかで活かされます。
そして、知識や経験は他人に奪われるものではないので、自分自身の貴重な財産になると思います。
誹謗中傷者や傍観者になるのをやめて、主体者や当事者になるのは、自分のやりたいことに応じたリスクが生じるのも確かです。
だけど1度きりの人生だし、この瞬間というのも1度きりです。
結局何も残らずに後悔するよりも、今できることを少しずつでも増やしていくことの方が遥かに成功を掴める人間だということは一目瞭然のことでしょう。
自分自身の、仕事や生活への考え方をもう一度考え直してみてください。
人生の成功は、考え方を変えることによって、意外と身近になるかもしれませんね。
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