"当たり前"だと思っていること

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毎日ご飯が食べられたり、仕事ができたり、お風呂に入ったり、布団で寝られたりすることって、実はすごく幸せなことなんだなあ、と思います。
ご飯の材料になるものを誰かが作ってくれていて、生活に使用可能な水を供給してくれている人がいて、布団を作ってくれている人がいて、自分の生活が成り立っているんだなあ、と思います。
同じように、自分自身は誰かの役に立っているんだろうか、と思います。
必ずしも、人が必要としていることと、自分のやりたいことが一致するとは限りませんが、少なくとも自分自身は、求められていることとやりたいことがなるべく近い方が良いと思います。
会社勤めは、給料がある程度安定しているので、生活レベルもなんとなくこんな感じか、と計画を立てやすいと思います。
でも、自分のやりたいことを100%やるには、会社にいたままではなかなかできないと思います。
まず、会社には時間の制約があります。
夜更かしすることもなかなかできないし、人によってはノルマなんかもあったりすると思います。
その生活に慣れている人はたくさんいます、自分を含め。
なんだかんだ、楽なんですよね。
楽だし、生活にも困らない。
今でも、そんな生活にあこがれている人はたくさんいます。
安定収入と堅実な人生設計。
少なくとも、自分には出来ない人生設計です。
「当たり前」に対しての考え方で、価値観は180度変わります。
安定収入と堅実な人生設計を選ぶ人は、きっと、自分の身の回りにあるいろんな「当たり前」に気づいていない可能性が高いです。
なぜ、電車があるのか。
なぜ、車が通れるように舗装された道路があるのか。
「当たり前」は、いろんなところに存在しているようで、その背景をたどれば、「当たり前」という言葉を使うのが申し訳なくなります。
今、自分が受けている恩恵の全ては、当たり前じゃないと思うだけで、自分の生活に対する考え方が、もっと良いものになると思います。
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