コロナショックによる株価急落に見る”人間の本性”

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こんにちは、Ryuです。

いつもブログを読んでくださってありがとうございます。

現在、コロナウイルス感染拡大の不安から、世界中の経済で大パニックが起こっています。

今回のコロナショック、あなたはどのように見ていますか?

個人的には、今回の株価急落により現れた本性が、大きく分けて下記の3つに分類されると思いました。

  1. 楽観論者:現在、株価急落によりバーゲンセール状態。景気は必ず戻って来ることは歴史が証明している為、買い時
  2. 悲観論者:コロナによる経済不安はこれからも拡大する可能性があり、まだまだ底値をついているとは言えない
  3. 傍観者:経済のことはよくわからないが、とりあえず今は自分の不安を取り除くことが先決な為、トイレットペーパーやマスクを買っておこう

順番に解説していきます。

楽観論者はリスク許容度合いが高い

今が底値でなかったとしても、楽観論者は株を安く買えれば良いわけですから、購入後の下落はあまり気にしないでしょう。

また、楽観論者が考えている通り、景気は上がって下がっての繰り返しで、下がればいつかは上がります。

これを踏まえて、2種類の楽観論者を紹介します。

最悪のケースを考えている楽観論者=投資家

もし、自分の買った株の会社が倒産してしまったら、株は持っている意味を失います。

倒産まではいかなくても、経営が傾けば、株価が取得価額まで戻らない可能性もあるでしょう。

楽観論者でも最悪のケースを考えている場合は、資産を全て株に変えるようなことはしません。

あくまでも株は余裕資金で運用しているので、0になったとしても生活していけるレベルの痛手で済みます。

最悪のケースを考えていない楽観論者=ギャンブラー

逆に、最悪のケースを考えていない場合は、「今が買い時だ」と、全財産を株購入に充ててしまうかもしれません。

これで仮に取得価額を大きく割ってしまった場合、資産の減少割合はとんでもないことになります。

もちろん、大きく値をあげる可能性もあり、そうなった場合は薔薇色の生活が待っているのかもしれませんが、未来の株価は誰にもわかりません。

投資と投機を勘違いしてしまっていると、痛い目を見ることになりそうですね。

悲観論者は堅実だが、個人主義に陥りやすい

では次に、悲観論者の意見について見ていきましょう。

悲観論者は、リスクを嫌い、安全性や安定性を求めます。

悲観論者の性質を持っている場合は、投資はあくまでもリスクヘッジの手段として考えた方が良いです。

自分の資産が少しでも減ってしまうことに強烈な不安を覚える人は、現預金で資産を保有しておくのも良いかもしれません(ただしこの場合、資産が分散していない為、インフレリスクを抱えた状態になります)。

また、全体の経済よりも自分自身の暮らしの安定を優先する傾向にあるので、おそらく、寄付やボランティアをする意味がよくわからなかったり、やったことがない人も多いかもしれません(これはあくまでも個人の主観ですが)。

どちらにも長所や短所があり、認めることが大切

ここで言いたいのは、楽観論者と悲観論者のどちらが良いとか悪いとかではなく、どちらの考え方も理にかなっていることを理解することが重要だ、ということです。

影響力のある人の発言は、それだけで国民の意見を変える可能性があります。

それが正しい発言であるか否かを問わず、権威を持っている(または、そう思われている)者の発言は、心理学的にも信じられやすいです。

これらの意見の数々を聞いていると、自分は一体どうすれば良いのかと、不安になることもあるでしょう。

それは、今まで自分が重要な決定をしてこなかった代償です。

傍観者=”究極の脇役”

これまでの記事でも何度かこの手の人たちについて触れてきましたが、最も人生で損をする人たちは、傍観者、つまり行動をしない人です。

楽観論者と悲観論者は、いずれも調査をし、何らかの行動をしている点で共通しています。

それに対して傍観者は、動くとしても、楽観論者や悲観論者に従うことしかしません(あるいは「できません」)。

その為、得の取り分も、自分でポジションを決めた人に勝つようなことはありません。

損も得も最小限に抑えられますので、人並みの生活をしたい人にとってはオススメの生き方となります。

どんな人間になりたいかによって、本性は変わる

ここまで3種類の本性を持つ人間について述べてきましたが、最も重要なのは、今、自分がどの性質にあるかではなく、どの性質が自分にとって最もふさわしいかを決め、それに向かって意識を継続することで、本性はいくらでも変えられるということです。

例えば、今の行動が傍観者に近かったとしても、意を決して、楽観論者や悲観論者に変わることができると思っています。

楽観論者、悲観論者になることは、簡単ではありません。

今回はコロナを例にしましたが、他のあらゆる事象に対して、自分自身があるポジションを取る必要があり、そしてポジションを決めるための勉強も、ずっと必要になります。

このプロセスを経ることで、自分自身の中に確固たる価値観が作りあげられていくのはもちろん、自分で考え、選択し、決定する習慣が身に付きます。

最後にもう一度問います。

今回のコロナショック、あなたはどのように見ていますか?

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