負けるが勝ち

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ことわざは、語り継がれるだけあって、言い得て妙なものが非常に多いように思います。

昨日の記事で、相当落ち込んでいる自分をさらけ出してしまいましたが、やはり谷底は長続きするものではなく、今日、考えに考えて捻り出したデータベース設計改訂案をメンバーに相談し、承諾を得て、九死に一生を得ました。

根本的な解決ができたわけではありませんが、できないなりに代替案を提示して、それが認められたことは、今振り返れば、良い成長材料になったと思います。

この記事も、例によって前日の帰りの電車の中で書いているので、もしかしたら明日、またどん底の気分を味わっているかもしれませんが、平坦な道が続くよりは遥かにましです。

最初に負け、最後に勝つのが人生

私自身はこの「負けるが勝ち」ということわざがとても好きで、そのおかげもあり、負けることに対して耐性が付くようになりました。

自己紹介記事でも、このブログでは好奇心を大事にしていきたいと書きましたが、好奇心にはチャレンジが付きもので、そしてチャレンジには失敗が付きものです。

今まで好奇心を重要視してきたことで、数多くの失敗を経験してきました。

今では、何物にも換えがたい貴重な財産になっています。

どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても、そしてその中で結果の出ないものがほとんどであっても、それぞれの経験は全て繋がっている、と自信を持って言うことが出来ます。

最初から何でもできる人なんていません(いたとしても一握りの天才です)し、失敗したところで、辛かったり傷ついたりするのは自分自身です。

その代償を払った者だけが手に入れることのできる経験値は、どんなに優れた本を読んでも、どんなに素晴らしい話を聞いても、決して手に入らないものです。

本や話は、全て過去の情報に過ぎない

本や話は、今後の人生で無駄な失敗をしないために大事なものだと思っています。

だから私はできるだけ本を読みたいし、人の話も聞きたいと思っています。

ですが、それを自分の経験として取り込んでしまった瞬間、自分は自分でなくなります。

結局は、経験をしないとその世界はわからないと思います。

それに、時間は常に未来に向かって進んでいて、過去に同じような経験をしたことがある人でも、今とは環境や条件が全く違う場合があることにも留意しなければなりません。

なので、本や話による情報も、取捨選択がカギとなります。

もちろん、このブログで書いている内容だって、一個人の主観に過ぎません。

得た情報を全て鵜呑みにするのは、本来の自分とは違う価値観を無理に取り込んでストレスになる場合があるので、考えものです。

負ける勇気がある者にしか、勝ちは訪れない

野球は、打席に立たない者に三振は出来ません。

人生も同じで、挑戦しない人に失敗はありません。

失敗しない人生を是とするならば、それも良いかもしれませんが、せっかくの人生、打席に立ち、豪快に三振する方が良い、と思ってしまうのが私の価値観です。

今の日本であれば、安定的に生きていくための難易度はさほど高くないでしょう。

だけどそうやって生きていくのは、個人的に“逃げ”と同等の行為のように感じるのです。

もちろん、そういう選択をする人々のことをここで蔑むつもりは毛頭ありませんが、自分が生きていく上でそういう選択をしたくないだけです。

きっと同じように考える方も多いでしょう、だって、このブログをわざわざ見に来てくれているわけですから。

打席に立つ回数が多ければ、ヒットを打てる可能性だって上がります。

何回も打席に立つことで、段々打席に立つことに慣れてくると思います。

そうなると強いです。

臆せず経験値を高められるようになるので、短期的には失敗続きだったとしても、長期的に見れば大きな成長の糧を得ていることに等しいです。

それぞれの自分の人生、どういうものにしていきたいか思い描いて、その為に、最初は怖いかもしれないし、豪速球に太刀打ち出来ないかもしれないけれど、勇気を振り絞って打席に立つことをおすすめします。

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